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Being the BLOG of a young man whose principal interests is PUNK. naoskull@excite.co.jp
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子供の頃、足に難病をかかえた少年の話
下書きで保存してた日記がありました

アップする必要がなくなったのでほってたけど
せっかく書いたのに闇に葬るのもな

ってことでアップ

(少し長いけど↓をクリック)



----------------------------------------------------


昔、ある家庭に元気な男の子が生まれた

五体満足で至って健康
元気がとりえの男の子

3歳を過ぎるころ
その子はイタヅラをしだすようになり、彼のお母さんはあまりの悪さっぷりに
「悪魔の落とし子や!」
と嘆いた

そして、会話もしだしたころ
彼は自分のコトを

”かーくん”

と名乗るようになった



かーくんはすくすくと育ち
4歳になった

そのころ、体に異変が起こり始めた


「歩き方がおかしい」


彼のお父さんが気づいた


そして近所の整形外科に連れていった


先生はレントゲンを撮るや否や

「これは大きな病院じゃないとわからない」

と両親に告げたのだ



大きな病院にいってみたところ

「このままでは普通の小学校にはいけない。特別な学校に入らないといけないかもしれない」

と告げられた

原因は何万人に一人くらいの確立で発病する病気

病名は伏せるが片方の足の成長が未熟になるそうだ



その特別な学校は兵庫県の真ん中にあり
ハンディキャップを背負った特殊な子が集まる学校

重度の障害をもった子や産まれつき五体不満足で産まれた子
五感の一部が欠けた子


そんな中にかーくんは入らないと行けないことを告げられた


まだテレビゲームとかない時代に産まれた両親は
遊ぶといえば外

そのみんながする遊びが出来ない


加えて
お父さんは水泳にラグビー、スキーに明け暮れ
お母さんは陸上で表彰されるくらいのスポーティーな若かりし頃をすごした人間


そんなフツーのことがわが子が今後、出来ないと宣言され

父は肩を落とし
母は涙した



親だったら一緒に遊んだりスキーいったりしたいのが親というものだから

この時の事は彼の母親は今だに

「あの時は目の前が真っ暗になった」

って言うくらい


ただ幸運なことに父親の関係で
その病気の権威である素晴らしい先生を紹介してくれることに


かーくんは幼稚園に入学してすぐ入院することになった


入院は一ヶ月
治療法が特殊でベッドに上に寝たきり
特殊なベッドに寝た彼を足にかけられた重りが常に足を引っ張る治療法

つまりずーーっとベッドの上で寝たきりなわけ


まだ年端のいかない彼にとって入院はかなりヒマな時間

彼の唯一の楽しみといえば
小児病棟から見える、丁度同じ高さの時計台

その時計台が3:00を示すまで眺める毎日

その時間になると小児病棟ならではのおやつの時間が待ってるのだ

たいしたおやつなんか出てこない
いわゆる給食クオリティー

でも毎日、本当に楽しみにしていた

横にいる母に

「おやつまだ?」

って毎日毎日かーくんは聞いた



幼稚園に入ってしばらくの彼に
見舞いに来てくれる友達もいない

ベッドの横には毎日、見舞いにきてくれる母のみ


時同じ頃、少しでもわが子に接したい想いから父親は滋賀まで行ってた仕事を神戸に変え
弟は母方の祖父の家にあづけらてた
(まだ3歳の彼にとってこのわづかな時間が苦痛だったみたいだが)

入院も終わりを迎えるころ彼は手術を受けた

人生で後にも先にも初めての全身麻酔
麻酔を打った直後、看護婦が

「10数えてねー」

って言った直後、10を数える前に気絶した記憶だけが彼にはあった


意識が戻ったときはベッドの上
ただすごく気持ち悪く、ベッドのクッションが1メートルくらい沈んだ感覚

トレイスポッティングで赤ちゃんが天井をハイハイしてる感じ

入院してるときはとにかく元気に振舞った
よくわからないけど医者に告げられた時の母親の困った顔を見たくないと幼いながら思ったのだろう




やがて彼は退院した




退院して年中(ねんちゅう)のクラスへ戻った
ただ普通に二足で歩くことは出来ない


躁具(そうぐ)という矯正用の器具を歩くときはつけないといけない状態だ

足は”ハの字”のみまま固定され膝から左右の脚を繋ぐ伸び縮みするバー

歩きにくい上にガシャンガシャンと音がする


でも幼稚園の教室に入った登園初日
拍手で迎えられた


そのとき彼は幼いながら
”目立つっておいしいやん!”
って感覚を覚えた

運動会で走るときもこの躁具をつけたまま走り
遠足で芋を掘る時もこの躁具が着いたまま

ともに幼稚園のアルバムの写真に写ってる


かれこれ1年以上つけないといけないことに

ただこの躁具をつけたまま歩いてると、とにかく目立つ

哀れに思った宗教の勧誘のクソが頻繁に母を訪ねた



そのとき、家族で決まって夏は長野県の白馬に旅行にいってた

今でも彼が毎年訪れる家族ぐるみの仲のペンション


白馬の山には夏でも雪がある場所があった

大雪渓(だいせっけい)と呼ばれるトコで有名な登山ルートにある場所

万年雪で素晴らしき景観はいつでも登山者魅了した場所

何を思ったか彼の父親は足の不自由なかーくんに見せようと決意する


足の不自由な子供を背負う特殊なリュックみたいなものを購入し
父親はおじいちゃんの家の階段を登ったり降りたりの繰り返しで何度も何度も練習した

ポロシャツの色が変わるくらい汗をかいた


山を想定し足腰を鍛えた


夏を迎え家族で大雪渓を目指した
夏でも雪がある光景をかーくんに見せたい思いで

そこそこ成長した子供を背負いながら夏に雪の残る高さまで連れて行くにはかなりのパワーがいるはず


父親の背中に背負われながら山道を歩き

夏にもかかわらず雪が残る風景や往復の道中に見た景色の記憶は彼の脳裏に鮮明に残ってる




医者のジャッジで躁具を取っていいことになった


そして彼は翌年の夏、自分の足で歩き大雪渓を見た




そんな幼少期を過ごしたかーくん




これからはみんなと同じ様に普通に歩き
ジャングルジムに登ったり公園を走り回ったりできることになった


ただ条件として
数年は数ヶ月おきに通院を余技なくされ
高校にあがるまで年一回の検査が必要とのこと


かーくんは高校に上がるまで毎夏、通院した
誰にも言わずに



幼少期はレントゲンで見る限り足の長さがミリ単位で違っていた




ただ周りと変わらずみんなと同じ生活、
小学生活を過ごすことが出来たが忘れもしない出来事がおこる


それは小4の頃、朝学校に行くと、ある女子の周りに生徒がたくさんいて騒がしい

彼女はかーくんと幼稚園が同じ子


彼女が一枚の写真を持っていた


それはかーくんが躁具をつけていた幼稚園時代の写真
それをクラスメイトに見せびらかしていた


その彼は今までにない怒りを覚え
彼女を突き飛ばした

後にも先にも女性に手を唯一あげた瞬間


とにかく悔しかった
あまりの悔しさで下校も一人泣きながら帰った
誰にも気づかれないように



家に帰る直前、彼は泣くのをやめた



泣きながら帰ると絶対、母親が心配する
それは病気をしたときに涙した母をみているからだ


マンションに入った彼は泣くのをやめ
何食わぬ顔で帰宅をした



このときの癖が彼の性格のルーツ
今でも常に前向きでいる姿勢をつくってるのかもしれない

でも、こんな出来事って少年には心に消えない大きな傷になるもの

誰も信用していない
悩みごとや愚痴を言える相手すら今も彼にはいない
そんなヤツが羨ましい

悩みがないのと悩まないのは違うんだよね?春子さん



今は運動音痴やけど
海では誰にも負けないくらい速く泳げるし
毎年、スキーに出かける

ライブでダイブしたりスカダンスだって踊れる


そんな彼もこの秋、父親へのステップアップをした




かーくんは
言うまでもなくこのブログの語り手、NAO$KULLです

----------------------------------------------------

ここまで書いてました

何がしたかったかというと...


子供が産まれて元気な子に育って欲しいという思いから

つまり”願掛け”で

嫁が実家に帰ってる時に龍野までチャリで行こうと計画してた


距離で言うと約100キロ

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周りからしたら
「100キロってアホやろ!」
って思うかも知れんけど

チャリンカーにとっちゃ100とか、まぁまぁな距離
淡路島一周とかしてきたしね


そして計画立てて走ろうと思ったときに
ウチのママスカルが

「子供もできたんやし危ないからやめとけ!車通りの多い道いくんやろ?車に引っ掛けれてなんかあったらどーするねん?」

って言われた(笑)

子供が出来ても子は子


嫁も心配してたしな



オレは行ったろ!って思ってたけど
ママスカルにうるさく言われるのもメンドクサイし寒くなってきたし急遽やめることにしました



だから書きかけで止まってた日記だったわけ



どっかで願掛けしたいキモチはあるけど

初詣行ったときにでもお祈りしときます


阿部が結婚式の招待状の返信を富士山の上のポストから投函してくれたしそれで”よし”としよう(笑)


ちなみに初詣いってお祈りすることは毎年きまってて

「今年も元気でいれますように」

のみ!

俺らしいでしょ?





いつか
親父がやってくれたように
わが子を山登りやスキーへ連れていきたい

もちろん病気とかなしでね
(俺にはわが子を背負って大雪渓まで行く自信ないわ)


されたことは子供にしたい


キャッチボールとかできないけど

アホでもええから元気でいてほしい


親として誰もが思う”ふつー”のコト

結局ふつーでええねん

長らく僕の稚拙で中身のない文書に付き合ってくれてありがと

ちなみになぜ”なおすけ”やのに自分のコトを”かーくん”って言うてたかは親を含め俺も謎(笑)
阿部がずーっと”なんでかーくんやってん?!”
って中学上がるまで言うてきてたわ(笑)


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このブログの読者なら
「またコイツのウソ日記はじまったわ」
って読んでんやろな

↑2枚目の写真横は実弟ジャッキーです
カワイイやろ
a0019717_2253157.jpg

こんなんが今はだいぶ変わったもんな


おしまい
by naoskull | 2010-12-26 23:03 | COLUMN
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